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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)2245号 判決

原告

木村唱子

ほか一名

被告

丸進運輸有限会社

主文

被告は、原告木村唱子に対し金一〇七万三二一二円、原告木村ちかに対し金八万三〇〇〇円およびこれらに対する昭和四五年三月一九日以降支払い済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

原告木村唱子のその余の請求を棄却する。

訴訟費用中、原告木村唱子と被告との間に生じたものはこれを三分し、その一を原告木村唱子のその余を被告の負担とし、原告木村ちかと被告との間に生じたものは被告の負担とする。

この判決は主文第一項に限り、仮りに執行することができる。

事実

第一請求の趣旨

一  被告は原告木村唱子に対し金一五九万五五九八円、同木村ちかに対し金八万三〇〇〇円およびこれらに対する昭和四五年三月一九日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決および仮執行の宣言を求める。

第二請求の趣旨に対する答弁

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

第三請求の原因

一  (事故の発生)

原告唱子は、次の交通事故によつて傷害を受けた。

(一)  発生時 昭和四二年一一月三〇日午前九時四五分頃

(二)  発生地 東京都大田区仲六郷二丁目四二番五号先歩道上

(三)  加害車 大型貨物自動車(三河一あ八七五号)

運転者 訴外清川敏行

(四)  被害者 原告唱子(歩道上で信号待ち中)

(五)  態様 加害車が歩道に乗り上げ、原告唱子に衝突した。

(六)  原告唱子は、右衝突により転倒し、左前額部挫傷、両眼瞼血腫、前頭蓋底骨折疑、左上腕骨骨折、左上顎第二門歯および犬歯破折、上唇挫創等の傷害を受け、入院九四日、通院三六日の治療を要した。それによるも、同人には自賠法施行令別表一二級六号該当の後遺症が残つた。

二  (責任原因)

被告は加害車を所有し、自己の運送業務のためにこれを使用していたものであるから、本件事故により原告らの蒙つた損害を自賠法三条により、賠償しなければならない。

三  (原告唱子の損害)

(一)  治療費等

原告唱子は、本件受傷治療のため、次のような出捐を余儀なくされた。

1 治療費(石塚歯科医院分) 金一万八一四五円

2 付添看護費 金一三万八五八〇円

3 入院雑費 金一万八八〇〇円

(二)  逸失利益

原告は、前記後遺症により、次のとおり、将来得べかりし利益を喪失した。その額は金一一万〇〇七三円と算定される。

(事故時) 三二歳

(稼働可能年数) 二三年

(労働能力低下の存すべき期間) 三年

(収益) 月二万四〇〇〇円(サービス業に従事する女子の平均月間定期給与額)

(労働能力喪失率) 一四%

(右喪失率による毎月の損失額) 金四万〇三二〇円

(年五分の中間利息控除) ホフマン式(年別)計算による。

(三)  慰藉料

原告唱子は、前記受傷によつて多大の精神的苦痛を受けたうえ、現在にいたるも、後頭部重感および左上肢挙後運動制限があり、寒い日など左肩が痛んだり、また、就寝中左手がしびれたりして熟睡することができず、そのため疲れ易い等の後遺症が残つている。これら同人の精神的苦痛を慰藉するには、金一二一万円が相当である。

(四)  弁護士費用

以上のとおり、原告唱子は被告に対し金一四九万五五九八円の支払いを求め得るところ、被告が任意の支払いに応じないため、同人は昭和四五年二月二三日、弁護士である本件原告訴訟代理人に損害取立てを委任し、着手金として金一〇万円を同年三月六日支払つた。

四  (原告ちかの損害)

原告ちかは、本件事故当時、訴外有限会社日産色材研究所に勤務し、一日当たり金一〇〇〇円の賃金を得ていたところ、原告唱子が入院したため、家事、子供の世話のため、昭和四二年一二月六日から昭和四三年三月一六日まで、右訴外会社を休業し、そのため金八万三〇〇〇円の得べかりし利益を喪失した。

五  (結論)

よつて、被告に対し、原告唱子は金一五九万五五九八円、原告ちかは金八万三〇〇〇円およびこれらに対する訴状送達の翌日である昭和四五年三月一九日以降支払い済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第四被告の事実主張

一  (請求原因に対する認否)

第一項中、(一)ないし(三)の事実および原告唱子が受傷したことは認めるが、その余の事実は不知。

第二項の事実中、被告が加害車の所有者であつたことは認めるが、自己の運送業の用に使用していたことは否認する。

二  (被告の主張)

訴外清川は、かつて被告の従業員であつたが、本件事故当時には、被告の従業員としての資格と地位を喪失していたものであり、同人に被告が運転を命じることもなく、本件は同人が勝手に、無免許で加害車を動かしたものである。

しかも、加害車は、名義上被告の所有に係るものであるが、その運行の支配と利益は被告にはなく、訴外間宮成典にあるのである。即ち、被告と訴外間宮との間では、昭和四二年一〇月一日、本件加害車の使用につき、次のような使用貸借契約を締結し、爾来、右間宮が、同車の引渡を受け、自己のために運行し、之により利益を受けていたのである。

(一)  右間宮は、加害車を使用し、被告の発注する荷物の運送をする。

(二)  同人は、右運送により、被告から受領する運賃より加害車の車両代金の月賦金を毎月支払う。

(三)  加害車を使用するための修理費、燃料費、保険費、税金は、全て同人が負担する。

(四)  加害車の所有権は、同人が同車の代金を完済するまでは被告に留保する。

以上の次第で、被告には加害車について運行供用者としての地位にあつたとはいえないから、本件事故につき、被告には何らの責任もない。

第五原告らの反論

訴外清川は、事故当時、被告の従業員だつたのであり、当時も被告の業務執行中であつた。したがつて、被告の責任には何らの消長をきたすものでない。

また、被告と訴外間宮との間に主張のような内容の契約があるとしても、被告は、運行供用者としての責任を免れるものではない。

第六証拠関係〔略〕

理由

一  (事故の態様と責任の帰属)

原告ら主張の請求原因第一項(一)ないし(四)の事実は当事者間に争いがない。

そこで本件事故態様について検討するに、〔証拠略〕を併せると、原告唱子は本件事故現場において、横断歩道を渡るべく歩道上で信号待ちをし、信号が変り歩行者側が青になつたので横断を開始しようとした時、本件加害車が歩道上に乗りあげ、原告唱子に衝突し、同人は転倒したこと、その際、同人の側にいた人のうち、一名は死亡し、他の一名も負傷したこと、訴外清川は当時一七才で、無免許であつたことが認められ、これに反する証拠はない。

ところで、本件加害車の所有者が被告であつたことは当事者間に争いがなく、さらに、〔証拠略〕によれば、訴外間宮成典は、友達と二人で貨物自動車を購入し、営業の免許なしに貨物運送事業を営んでいたが収入が少なかつたため、所有自動車を処分し、被告の従業員渡辺某の紹介で、本件事故の約一ケ月前に被告に雇われるにいたつたこと、本件加害車は右間宮の勤務前から被告にあつたこと、同車は専ら右間宮が運転したが、同人は同車以外の車を運転することもあつたこと、本件加害者は普通被告の構内に駐車し、その鍵は被告の事務所で保管していたこと、間宮は、被告の事務所に出勤し、同事務所において当日の具体的運行の指令を受け、車内の鍵を受けとり、運行業務に従事していたこと、本件事故の時、右間宮は被告から、運転手間宮、助手訴外清川と記載されていた運行指令書を受け取り、同社構内で右清川を同乗させたうえ、同指令書に基づき、訴外日本運送名古屋支店から同横浜営業所まで荷物を運び、右営業所内で駐車していた本件加害車の中で仮眠していたところ、右清川が加害車を運転し、本件事故を惹起したこと、右間宮は清川が無免許で本件加害車を運転していることを知りながら、これを黙認したこと、本件加害車に使用されるガソリン、油類は被告のスタンドにおいて注入され、また加害車の運行によつて得られる運賃は被告が受領していたことが認められる。これに対し、乙一号証中には、間宮と被告との間では、(1)昭和四二年一〇月一日より本件加害車を間宮が借り受ける。(2)本件加害車による水揚代金のうち一五%は被告が名義料として受領するほか、間宮は水揚代金から、車両代残金、修理費、燃料費、保険関係費、自動車税を支払う、(3)車両代金完済後、その車両の所有権は間宮に譲渡する、(4)加害車の運行はすべて被告の指示通りする旨の約束ができていた旨の記述部分があり、また被告代表者本人の供述中にも、間宮は、被告の従業員でなく、被告の下請として働いていたもので、本件加害車も同人に月賦で売り、水揚代金でその代金を割賦で支払つてもらう他、諸経費および名義貸すことによる手数料として一五%を支払つてもらう約束であつた旨の部分があるが、前記認定事実のような間宮の被告で働くに至つた経緯に照らすと、間宮が被告の下請業者であつて、乙一号証のような約束を締結したとの被告主張事実は措に信用し難く、〔証拠略〕によると、同人は乙一、二号証の署名が自己のものであることは認めながら、乙一号証の内容はよく覚えておらず、また何時作成されたものかも答えられず、乙二号証にいたつては、はじめて見たと供述しており、これらの諸事情と前記認定事実に鑑みると、右のような乙一、二号証の記述部分、被告代表者本人の供述部分は採用できない(しかも乙三号証によると、被告は加害車の水揚代金より一五%でなく四〇%を控除しているようである。)。この他、前記認定を覆えすに足りる証拠はない。これによると、被告は、本件加害車の運行を支配し、その運行によつて利益を得ていたものであつて、同人は運行供用者として自賠法三条の責任を免れることはできない。仮りに、乙一号証の記述部分および被告代表者本人の供述が事実であるとしても、間宮は被告の専属的な下請であつて、被告の営業名義を利用して、被告の指示により運行にあたり、本件車両も被告構内に駐車し、鍵も被告の事務所に保管されており、しかも被告も本件車両の水揚代金の一部を名義貸し料として受け取るというのであるから、被告はやはり、本件加害者の運行を支配し、運行によつて利益を受ける立場にあることは否定できない(清川が解雇されていたことを間宮が知つているか、否かによつてはこの結論は左右されない。)。

二  (原告唱子損害)

(一)  (事故と傷害の関係)

原告唱子が本件事故により、いかなる傷害を受け、その回復のため、いかなる治療を必要とする事態となつたかにつき検討するに、〔証拠略〕によれば、原告唱子は当時三二才の女性であるが、本件事故により、左前額部挫傷及両眼瞼血腫、頭蓋底骨折疑、左上腕骨骨折、左上顎第二門歯及犬歯破折、上口唇挫創の傷害を受け、昭和四二年一一月三〇日から昭和四三年三月三日まで(九五日間)、港区白金一丁目三番二号所在の西原病院に入院し、ついで翌三月四日から同年八月一一日までの間、実日数八日間同病院に通院したこと、その通院期間中に実日数六日間大田区西六郷二丁目所在の石塚歯科医院に通院し、固定架工義歯装着をしたこと、西原病院入院中、当初一週間は絶対安静の状況にあり、その後一カ月半位は上半身にギブスをはめていたので起居が不自由であつたこと、同病院退院後も、同人の頭痛は時々あり、左腕に運動制限があるほか、しびれて熟睡することが続いたこと、診療を打切つた後も、同人には、前頭部頭痛と左手のしびれ感、左手握力減追(握力一〇)、左上腕の前方挙上が一三五度程度上るだけで、後方には挙上できないことが認められ、これに反する証拠はない。

右認定事実によると、原告唱子の本件事故により受けた傷害は、昭和四三年八月一一日をもつてその外科的療法を終り、その後は心理的療法と、そしてなによりも原告本人の社会復帰への意欲、社会生活への馴化により、その労働能力回復が期待できる段階に至つていることが認められ、かつ、右認定の傷害部位、現存症状そして原告の社会的地位、年令、その有する技能に鑑みると、原告は前記時点で自賠法施行令二条別表一二級六号に該当する後遺症状を有するに至つたものの、その労働能力喪失の割合は、一四%とみるのが妥当であり、その喪失状態の継続は、右時点より少なくとも三年間は続くとみるのが相当である。

(二)  (治療費等)

(1)  治療費 金一万八一四五円

〔証拠略〕によれば、原告唱子は、被告支払の治療費のほかに、前記治療に伴い、石塚歯科医院に金一万八一四五円の支出を余儀なくされたことが認められこれに反する証拠はない。

(2)  付添看護費 金一三万八五八〇円

〔証拠略〕によれば、原告唱子は西原病院入院中の昭和四二年一二月二一日から昭和四三年三月三日まで訴外小柳キヌエに付添看護を依頼し、そのため金一三万八五八〇円の支出を余儀なくされたことが認められ、これに反する証拠はない。前記の同原告の症状に鑑みると、右支出は本件事故と相当因果関係あるものと認めるのが相当である。

(3)  入院雑費 金一万八八〇〇円

入院中の患者が、入院期間中、日用品や栄養補給品の購入や、連絡通信費のため、入院一日当り少なくとも二〇〇円を超える出費を余儀されることは公知であつて、その事実と前記したような原告唱子の傷害の部位、程度入院期間、年令等に鑑みると、同人が入院中の雑費として少なくとも金一万八八〇〇円の支出を余儀なくされたことが推認される。

(三)  (逸失利益) 金九万七六八七円

〔証拠略〕によれば、原告唱子は、本件当時、夫、二才と三才の二人の子供、働きに出ている祖父母と共に同居し、専ら家事に従事していたこと、昭和四六年八月頃も家事に従事していたことが認められ、これに反する証拠はない。

このような家事の主婦については、逸失利益を否定する考えもないのではないが、前記認定したような原告唱子の後遺症状、同人の年令等に鑑みると、同人の労働能力が一部喪失し、そのため家事労務の面でも影響を受けることは容易に推測されるところであつて、このような家事労務への影響が被害者側以外の第三者により解消される場合には、逸失利益を認める必要はないけれども、本件のような家庭にあつては、そのような影響は、結局は、同居家族間で解消されているものと推認されるからこのような場合には、被害者の労働能力の低下自体を損害と評価するのが相当である。ところで、家事従事する主婦の労働能力の評価自体、極めて困難であるが、昭和四三年当時、三〇才台の婦人労働者の東京における賃金ないしは家政婦の賃金が、一日当り少なくとも金七〇〇円を下まわることのないことは公知の事実であるから、これに鑑み、原告唱子においても、同人の労働力も、少なくとも一日七〇〇円を下まわることはなかつたものと判断するのが相当である。

そうすると、前記認定したような同人の労働能力喪失割合、その継続期間に鑑みれば、同人の逸失利益は次のとおりと算定される。

700×365×0.14×2.731=97,687

(四)  (慰藉料) 金七〇万円

前記したような、原告唱子の本件受傷の部位・程度後遺症状、事故態様等諸般の事情を考慮すると、原告唱子が本件事故により受けた精神的苦痛を慰藉すべき額は右金員が相当である。

(五)  (弁護士費用)

以上のとおり、原告唱子は金九七万三二一二円の損害金の支払を、被告に求めうるところ、〔証拠略〕によれば、被告がその任意の支払をなさなかつたので、原告唱子はやむなく弁護士である原告訴訟代理人にその取立を委任し、弁護士会所定の報酬の範囲内で金五万円を手数料として支払つたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

本件事案の内容、審理の経過、認容額に照らすと、右支出は本件事故と相当因果関係にあるものと認めるのが相当である。

三  (原告ちかの損害)

〔証拠略〕によれば、原告唱子の祖母にあたる原告木村ちかは、本件当時、訴外有限会社日産色材研究所に勤め、日給一日当り金一〇〇〇円を得ていたが、原告唱子の入院に伴ない、家事および子供の世話のため昭和四二年一二月六日から昭和四三年三月一六日まで同所を欠勤し、その間の得べかりし賃金八万三〇〇〇円を得られなかつたことが認められ、これに反する証拠はない。

このように、従前家事に従事していた主婦が入院したため同居の家族の一人が代つて家事に従事し、そのため賃金を得られなかつた場合には、その賃金喪失の相当である部分は事故と相当因果関係のあるものとして加害者側において負担すべきである。そして、本件では、原告唱子自身は診療期間中の逸失利益を損害として請求していないし、また、その当時家政婦の賃金が一日当り金一〇〇〇円を超えることは公知の事実であつたから、同居の親族である原告ちかの本件損害は、本件事故と相当因果関係のあるものと認めるのが相当である(原告唱子の退院後の休業分については、問題がないではないが、この程度の期間は、未だ診療中であつたこともあつて、原告ちかが休業したこともやむを得ないものと判断する。)。

四  (結論)

そうすると、原告唱子は金一〇七万三二一二円原告ちかは金八万三〇〇〇円およびこれらに対する一件記録上訴状送達の翌日であること明らかな昭和四五年三月一九日より支払済みまで年五分の割合による民法所定遅延損害金の支払を求めうるので、原告唱子の本訴請求を右限度で認容し、その余は理由なく失当として棄却することとし、原告ちかの本訴請求はこれを認容し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言について同法一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 田中康久)

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